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東京高等裁判所 昭和35年(ネ)1869号 判決 1967年10月26日

昭和三五年(ネ)第一八五九号事件控訴人兼同年(ネ)第一八六九号事件控訴補助参加人 小池こと 糸数卯一郎

右訴訟代理人弁護士 亀甲源蔵

右訴訟復代理人弁護士 碓氷龍介

昭和三五年(ネ)第一八六九号事件控訴人 小池洋一

右訴訟代理人弁護士 藤井滝夫

被控訴人 秋沢善三

右訴訟代理人弁護士 光石士郎

同 土屋賢一

光石士郎訴訟復代理人弁護士 河鰭誠貴

光石士郎昭和三五年(ネ)第一八五九号事件訴訟復代理人弁護士 橋本和夫

主文

原判決を取り消す。

被控訴人の控訴人らに対する各請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とし、昭和三五年(ネ)第一八六九号事件の補助参加によって生じた費用は被控訴人の負担とする。

事実

≪省略≫

理由

(控訴人卯一郎の本案前の主張について)

一  まず、本件原審での訴訟手続には重大な法律違背があるとする控訴人卯一郎の主張について判断する。

本件記録によると、控訴人卯一郎に対する本件訴訟の経過は次のごとくである。すなわち、被控訴人は昭和三二年一一月一三日東京都杉並区成宗町二丁目八一二番地の控訴人洋一、同所同番地小池洋一方(登記簿上の住所、東京都北多摩郡小金井町小金井一〇〇八番地)の控訴人小池卯一郎(現在の姓である「糸数」ととくに区別する意味で「小池」という)及び東京都杉並区高円寺七丁目九七五番地の福井重太郎を被告とし、訴状を原審東京地方裁判所に提出して本件訴訟を提起したものであるところ、原審裁判所は最初の口頭弁論期日を昭和三二年一二月二三日午前一〇時と指定し、控訴人小池卯一郎に対し右住所宛本件訴状副本とともに口頭弁論期日呼出状を発送し、右訴状副本及び口頭弁論期日呼出状は同月一日午後一時三五分住所において控訴人小池卯一郎本人によって受領せられており、郵便送達報告書の書類受領者の署名又は押印欄には「小池」なる印影が押捺されている。そして、同月二三日午前一〇時の最初の口頭弁論期日には控訴人小池卯一郎と控訴人洋一は出頭しなかったが、被控訴人の訴訟代理人と相被告福井の訴訟代理人弁護士倉田靖平が出頭しそれぞれ訴状、答弁書を陳述する等弁論をし、原審裁判官は被控訴代理人の申立によりさらに期日を続行することとし、続行期日を昭和三三年二月一一日午前一〇時と指定した。控訴人小池卯一郎に対する右続行期日呼出状も本件訴状表示の住所宛に発送され、同月九日午前一一時三五分右住所において控訴人小池卯一郎本人によって受領せられ、郵便送達報告書には同じく「小池」なる押印がなされているが、原審裁判所には同月一一日同月一〇日附の控訴人洋一及び控訴人小池卯一郎名義の弁護士倉田靖平に対する訴訟代理委任状が提出され、右昭和三三年二月一一日午前一〇時の第二回口頭弁論期日から弁論の終結された昭和三四年九月二一日午後二時三〇分の第一一回口頭弁論期日に至るまで控訴人小池卯一郎のなすべき訴訟行為はすべて倉田弁護士によって追行され、控訴人小池卯一郎は一回も口頭弁論期日に出頭しなかった。原判決は、昭和三五年七月二三日午前一〇時の言渡期日において当事者双方不出頭のまま言渡され、控訴人小池卯一郎に対する右判決正本は同月二七日午後一時その訴訟代理人となっていた倉田弁護士に対し東京都千代田区霞ヶ関一丁目一番地の東京弁護士会館送達部内において送達されている。なお、控訴人卯一郎の本件控訴状は昭和三五年八月六日当裁判所に提出されているが、右控訴状には登記簿上及元住所東京都北多摩郡小金井町小金井一〇〇八番地、現住所(沖繩)那覇市辻町三丁目六一番地控訴人元小池卯一郎、糸数卯一郎、との記載があり、当審訴訟代理人弁護士亀甲源蔵に対する訴訟委任状の控訴人元小池卯一郎、糸数卯一郎の肩書住所地にも全く同一の記載がなされている。

そこで、控訴人卯一郎に対する本件訴状副本、第一、二回口頭弁論期日呼出状の送達が適法に行われたかどうかを検討する。

≪証拠省略≫をあわせると、控訴人卯一郎は旧姓を小池といい昭和二〇年三月頃から東京都北多摩郡小金井町小金井一〇〇八番地(現在の小金井市前原町五丁目一〇〇八番地)の本件の建物に居住していたが、終戦後の昭和二七年頃極東米軍内の知人の勧めで一時沖繩米軍政部の顧問として働くこととなり同年九月頃沖繩に渡航し、その後は昭和二八年前半期に一時帰宅したのみで、引き続き沖繩那覇市内に居住し昭和三〇年五月三〇日には糸数キクと婚姻して糸数姓を称するに至り、昭和三一年一二月七日には同女との間の子申吾を儲け、昭和三八年三月一四日本件につき控訴人本人として尋問を受ける際まで全く帰国しなかったことが認められる。

昭和三五年一一月二五日附で小金井市長の認証した住民票謄本である甲第一二号証中の記載によると、控訴人小池卯一郎は昭和二〇年三月二八日から右認証の日まで小金井市前原町五丁目一〇〇八番地に控訴人洋一方の世帯員として住民登録上の住所を有することとなっており、同控訴人方では昭和二七年八月以来小池太郎ほか六名の転入転出があった旨の記載及び昭和三一年一二月五日同居者であった上野武彦が、昭和三三年九月一五日同じく同居者であった出口きそがそれぞれ実態調査によりすでに居住していないものとして職権により消除された旨の記載があるにも拘わらず、控訴人小池卯一郎に関しては何ら変動の記載がないことが明らかであるけれども、住民登録なるものは住民の日常生活の利便のためにする居住関係の公証と行政事務の適正簡易の処理のため人口の状況を明らかにするという目的のもとに原則として世帯主の届出によってなされるものであって、現実的に定住しているという事実とは必ずしも常に一致すると限らないものであるから、住民登録が東京都小金井市前原町の控訴人洋一方にあるからといって控訴人卯一郎の普通裁判籍を決定し送達を受くべき住所が右控訴人洋一方にあるとすることはできないのである。≪証拠省略≫よると、控訴人小池卯一郎は昭和二八年四月九日附で鴨下信吉から本件2の土地を買い受け、右控訴人洋一方である東京都北多摩郡小金井町小金井一〇〇八番地を住所とする所有権移転登記を経由していることが認められるが、これは所有権移転登記手続の申請に際し登記権利者たる控訴人小池卯一郎の住所が右のごとくに記載されていたということを示す(現行不動産登記法第三六条同施行細則第四一号参照〔但し、当時施行細則第四一条の規定は存在していなかった〕)に過ぎず、それ以上に控訴人卯一郎が現実に右の場所に定住し実質上の住所を有していたことを示すものではないのであり、≪証拠省略≫には控訴人小池卯一郎が昭和三〇年一二月五日以前東京都知事に対しもと畑であった本件3、5、6の土地につき宅地への転用許可申請をしたことを認めしめる記載があるけれども≪証拠省略≫によると、右は控訴人洋一が所有者である父控訴人小池卯一郎名義を使用してしたものであって控訴人卯一郎の与り知らないことが認められるので、右許可申請の控訴人卯一郎の肩書住所地が東京都北多摩郡小金井町小金井と記載されていたとしても同控訴人がこれを住所として表明していたものとみるわけにはいかない。

ところで、昭和二八年二月控訴人小池卯一郎が亀甲弁護士宛に発信した賀状返礼の葉書である丙第一号証中には「東京小金井宅、如旧」との記載があり、当審での控訴人卯一郎の供述中にも当初沖繩に渡航した際には間もなく帰宅する予定であったのであり、右認定のように糸数キクと婚姻し独立の家庭を持つに至った現在においても日本に帰来したいと考えているとの部分があるが、右の事実を以てしても控訴人卯一郎が本訴提起当時東京都北多摩郡小金井町の旧宅に住所を有していたものとはいうことができないのである。蓋し、民事訴訟法上普通裁判籍を決定しかつ訴訟書類の送達を受くべき場所となる住所は問題となった訴訟当事者に対し訴訟が提起されたこと、さらにその訴訟がいかなる内容のものでありどのように進行しているかを了知させるという考慮に基いてこれを定むべきであるから、その当事者の主観的意思のいかんにかかわりなくその者の全生活を客観的に観察してその者が現実に常住し実質的な生活活動を営み訴訟書類を受領し得る場所を以てその者の当該時点における住所と認むべきだからである。そして、右認定の事実に≪証拠省略≫をあわせ考えると、控訴人卯一郎の普通裁判籍であり訴訟書類の送達をなすべき住所は昭和三〇年三月一一日以降現在に至るまで沖繩那覇市辻町三丁目六一番地にあり、被控訴人が本訴を提起した昭和三二年一一月二三日当時においてもそうであったというべきである。

二  しかるに、本件記録によれば、前記のように控訴人卯一郎に対する本件訴状副本及び最初の口頭弁論期日の呼出状は昭和三二年一二月一日午後一時三五分東京都杉並区成宗町二丁目八一二番地において控訴人小池卯一郎本人に対し直接送達されたこととなっているので、この点について調べてみるに、≪証拠省略≫をあわせると、控訴人洋一は父控訴人卯一郎が沖繩に渡航した後昭和二九年頃から本件7の建物に常住するようになったものであり、昭和三〇年一二月から昭和三一年四月にかけその経営する養鶏業のため父である控訴人卯一郎を連帯債務者として被控訴人から合計金三〇〇万円もの金員を借り受け、被控訴人のため控訴人卯一郎所有の本件土地建物につき根抵当権を設定しかつ停止条件附代物弁済契約による所有権移転請求権保全の仮登記をしたが、昭和三一年九月頃からその返還を請求されて苦しんでいたところ、たまたま知人の福井重太郎から本件土地建物を被控訴人に奪われないよう手段を講じてやると持ちかけられたので、その処理を任かせると、福井は同年一二月本件土地建物に自己を権利者とする債権額金四〇〇万円の抵当権設定登記と売買予約による所有権移転請求権保全の仮登記をし、さらに本件1ないし6の土地を分譲して売得金を以て債務の弁済に充てるとし昭和三二年五月頃控訴人洋一を自己の名義で借り受けた東京都杉並区成宗町二丁目八一二番地所在の建物の一部に移転させ、本件1ないし6の土地のうち本件建物の敷地部分を除く相当部分を分譲したが、被控訴人が右分譲地の上に有する根抵当権設定登記及び所有権移転請求権保全の仮登記を抹消することができなかったので、控訴人洋一から聴取した事情や提供された資料に基き、倉田弁護士にその処理方法を相談し、同年一〇月八日控訴人洋一が直接了承しないうちに同弁護士をして根抵当権設定者であり肩書住所地を東京都杉並区成宗町二丁目八一二番地の控訴人洋一方とする控訴人小池卯一郎を原告とし被控訴人を被告とする抵当権一部不存在確認の訴を東京地方裁判所に提起(同裁判所昭和三二年(ワ)第八〇八八号事件)させたこと、ところで一方被控訴人は昭和三一年九月初頃から酒井利幸を通じ控訴人洋一に対し控訴人両名を連帯債務者としてした右融資金の返済を請求したが、控訴人洋一が同年一二月末まで、次いで昭和三二年六月末日までと期限の猶予を乞いなかなか右融資金を返済しようとしないので、同年七月ここにかねての約定に基き代物弁済として本件土地建物の所有権を取得することとし、沖繩に在住する担保提供者控訴人卯一郎の代理人と称して行動していた控訴人洋一(同控訴人が真実控訴人卯一郎を代理すべき権限を有していたかどうかは暫く措く)に対しその旨の意思表示をしようとしたところ、その行方が知れず漸くにして右東京都杉並区成宗二丁目八一二番地に居住していることを突きとめ同年一〇月二三日頃右意思表示をし、かつこれより先被控訴人は右控訴人洋一方を肩書住所地とする控訴人小池卯一郎から右のように抵当権一部確認の訴を提起されていたので、同年一一月一三日控訴人卯一郎に対し右控訴人洋一方をその住所として本件土地建物につきなされある仮登記に基く本登記手続及び明渡を求める本件訴訟を提起したものであること、そして、控訴人卯一郎に対する本件訴状副本及び最初の口頭弁論期日の呼出状は訴状表示の右控訴人洋一方に宛て発送され、前記日時右宛先の場合において控訴人洋一が自己に対する訴訟書類とともに受領し、送達報告書にはあたかも控訴人卯一郎本人がこれを受領したごとく書類受領者の署名又は押印欄に単に「小池」なる有合わせの印章が押捺されているのみであって、控訴人卯一郎に対する本件第二回口頭弁論期日呼出状が送達された際も同様控訴人洋人がこれを受領していたものであり、同控訴人としては沖繩に在住する父控訴人卯一郎に対し本件訴訟の提起されたことを知らしむべき何らの手段をも採らず、控訴人卯一郎は本件の原審における口頭弁論終結後の昭和三四年一〇月過頃長年の友人である当審訴訟代理人亀甲弁護士からの連絡ではじめて自らを被告とする本件訴訟が提起されたことを知り、次いで同控訴人敗訴の原審判決が言渡されたことの報知を受けるや直ちに亀甲弁護士に依頼して本件控訴の手続をとったことが認められる。≪証拠判断省略≫

そうとすると、本件訴状副本及び口頭弁論期日呼出状の控訴人卯一郎に対する送達は、同控訴人の住所その他送達すべき適法な場所においてなされたものではなく、かつ同控訴人は原審口頭弁論終結後に至るまで本件訴訟が提起されていたことを知らず、原審訴訟手続に関与しなかったことが明白であるといわなければならない。

被控訴人は、本件訴状の送達に瑕疵があったとしても、控訴人卯一郎は異議なく応訴したから責問権を喪失したと主張するが、本件訴訟の全経過に徴するも同控訴人が本件訴訟に対し異議なく応訴したものと認むべきふしは全くないし、また同控訴人が米国の占領下にある沖繩に在住していて連絡往来が不便であり、加えて同控訴人が本件訴訟の存在を知ったものと認められる昭和三四年一〇月頃はすでに原審口頭弁論終結後のことであったことをあわせ考えるならば、同控訴人が本件訴訟の存在を知ってから本件記録に徴し原審判決の報知を受け控訴を提起すべく決意したと認められる昭和三五年七月末頃までの間何らの異議をも申し出なかったとしても遅滞なく異議を述べずして責問権を喪失したものとすることは妥当でない。

三  次に、昭和三三年二月一一日午前一〇時の原審第二回口頭弁論期日以後倉田弁護士が控訴人卯一郎の代理人として訴訟を追行して来たことは前叙のとおりであるが、控訴人卯一郎が同弁護士を直接自己の訴訟代理人に選任したと認めるに足りるような証拠は全くなく、当審での証人倉田靖平の第一、二回証言に徴すると、同弁護士自身ですら控訴人卯一郎と面会したり書信を交換したことはなく訴訟代理人としての選任行為も同控訴人のしたものでないことを認めているのである。

しかるに、≪証拠省略≫によれば、控訴人洋一が昭和三三年二月一一日頃同弁護士を自己及び控訴人卯一郎の訴訟代理人に選任し原審における訴訟行為の委任をしたことが明らかである。そこで、被控訴人の主張するように控訴人洋一が控訴人卯一郎のため訴訟委任をなすべき代理権限を有していたかどうかが問題となる。

しかし、控訴人洋一が控訴人卯一郎から訴訟委任のための直接の代理権限を授与されていたと認むべき証拠は全く見出されない。さらに、控訴人洋一が控訴人卯一郎のおいた不在者財産管理人であるとの被控訴人の主張を検討するに、前記のように控訴人卯一郎は昭和二七年八月頃から現在まで沖繩に在住していたものであるから、その所有に属する本件土地建物を自ら管理し得ない状態にあったものといわなければならないが、同控訴人が控訴人洋一をその財産管理人に任命したことについては、当審証人鴨下信吉の、卯一郎が沖繩に行って不在の際は洋一が長男として本件土地建物を管理していたと思う、とのたやすく措信することのできない極めて推測的な証言があるのみで、他にこれを直接認めしめるような措信すべき証拠は存在しない。そして、≪証拠省略≫をあわせると、控訴人洋一は控訴人卯一郎の長男であるが、同控訴人が沖繩に赴く以前から父と別居し東京都渋谷区内に居住しており、小金井所在の本件7の建物に定住するようになったのは昭和二九年中のことであったこと、本件土地建物は控訴人卯一郎の主要な財産であるが、同控訴人は沖繩に赴いた際程なく帰国する予定であったので、留守居の老婆に当座の用を弁ずるため預金通帳を預けたのみで他に財産の管理方法などについては何らの具体的な指示もしなかったのであり、糸数キクと婚姻し姓を糸数と改めた現在においてもなお帰国の希望を抱いていること、控訴人卯一郎は一時帰国した年である昭和二八年四月かねてからの黙約に基き鴨下信吉から本件2の土地を買い受けており、その際控訴人洋一をして具体的な折衝・買受代金の支払をさせたが、控訴人洋一は控訴人卯一郎の代理人として自ら意思表示をしたものではなく一々控訴人卯一郎の意思を確めてこれを売主たる鴨下に取次いだに過ぎないものであったこと、本件土地建物に対する税金は控訴人卯一郎が沖繩に赴いてから昭和三二年七月頃まで留守居の者若しくは控訴人洋一が預託されていた金員及び控訴人卯一郎からの送金により支払われていたが、いずれも控訴人卯一郎からの具体的依頼によったものではなく控訴人洋一ら留守を預る者が事実上これを処理したものであること、控訴人卯一郎は沖繩に渡航するに際し控訴人洋一に対しいわゆる実印を預けたりこれをその自由使用に任かせたことなどはなく、本件原審における倉田弁護士に対する訴訟委任状(原審記録四三丁)の控訴人小池卯一郎名下に押捺されある印影は同控訴人の印章によるものでないことはもとより控訴人洋一も与り知らぬものであり、控訴人洋一の訴訟委任の意思表示に基き倉田弁護士若しくは福井が有合わせの印章を使用して顕出したものであることが認められ≪証拠判断省略≫、以上認定の事実を考えあわせても、控訴人卯一郎がその長男である控訴人洋一を沖繩に在住して不在の間の財産管理人に選任したものとはとうてい認められないのである。従って、控訴人洋一が財産管理人であることを前提としてその倉田弁護士に対する原審訴訟委任を適法視する被控訴人の主張はその余の点に立ち入るまでもなく失当といわなければならない。

そうとすると、控訴人洋一のした控訴人卯一郎のための訴訟代理人選任行為は権限のない者のした行為として無効であり、右選任にかかる原審訴訟代理人倉田弁護士のした訴訟行為も適法な訴訟委任に基かないものである以上すべて無効といわざるを得ず、結局控訴人卯一郎は本件原審訴訟手続において適法に代理されなかったものといわなければならない。

四  被控訴人は、控訴人卯一郎は控訴人洋一のした右訴訟代理人選任及び倉田弁護士のした訴訟追行行為を黙示に追認した旨主張する。

すでに述べたように、控訴人卯一郎は昭和三四年一〇月末頃長年の友人である亀甲弁護士からの連絡で自己に対する本件訴訟の存在を知ったものと認められるのであるが、その当時は本件原審における口頭弁論終結後間もなく判決言渡のなさるべく予定されていた時期であり、同控訴人が米国占領下の沖繩に在住していて短時日のうちに連絡往来することができなかった状態にあったのであるから、たとえ同控訴人が原審判決のあった後に本件控訴の提起とともにはじめて原審訴訟代理人に対する訴訟委任及び訴訟追行に関し異議を述べたとしても、それまで原審訴訟代理人に対する訴訟委任及び訴訟追行行為を是認することを前提とした積極的行為に出た形跡が全くない以上、同控訴人が倉田弁護士に対する訴訟委任、その訴訟追行行為を黙示に追認したものと認めることは著しく困難である。この点についての被控訴人の主張は採用することができない。

五  してみると、原審裁判所は控訴人卯一郎に関し訴状の送達は勿論期日の呼出状の送達もなく、訴訟代理人たる者が正当な代理権限を有しないにも拘わらず、口頭弁論を開き訴状の陳述、攻撃防禦方法の提出、証拠調等一連の訴訟手続を経た上弁論を終結し、判決を言渡したことに帰し、控訴人卯一郎に対する原審訴訟手続には重大な違法があるものといわざるを得ない。従って、原判決中控訴人卯一郎に関する部分の取消と原審への差戻が考慮されなければならないのであるが、本件にあっては、すでに原審における控訴人卯一郎のための倉田弁護士に対する訴訟委任行為が問題となった際にあらわれているように控訴人洋一の控訴人卯一郎を代理すべき権限の存否が最も中心的な争点であり、訴訟委任の面に限らず、控訴人洋一が被控訴人との間で控訴人卯一郎を代理してした本件土地建物に対する根抵当権設定、停止条件附代物弁済等の契約(存否自体が争われている契約もないわけではない)に関しても控訴人洋一の控訴人卯一郎を代理すべき権限を有していたかどうかという実体上の問題をめぐって同時に弁論及び証拠調が展開され、当審において充分な審理が尽されているのであるから、これを原審に差し戻すことなく、控訴人洋一に対する部分とともに被控訴人の本訴請求の当否を判断するのが相当であると思料される。

(被控訴人の本訴請求について)

六 そこで、進んで被控訴人の本訴請求の当否について判断する。

本件土地建物が控訴人卯一郎の所有であり、これにつき被控訴人のため昭和三〇年一二月一三日東京法務局府中出張所受付第九二一一号を以て債権極度額金二五〇万円、期限後の損害金は元金一〇〇円につき一日金八銭、債務者控訴人洋一なる根抵当権設定登記、同日受付第九二一二号を以て右根抵当権設定契約による債権極度額金二五〇万円の債務を弁済しないときは代物弁済として所有権を移転する旨の停止条件附代物弁済契約を原因とする所有権移転請求権保全の仮登記のなされあることは全当事者間に争いがなく、控訴人洋一が右同日被控訴人との間で(被控訴人側の意思表示が被控訴人自身によってなされたものであるか、若しくは代理人である酒井によってなされたものであるかも一つの争点であるが、これを暫く措く)本人かつ控訴人卯一郎の代理人として控訴人卯一郎及び控訴人洋一を連帯債務者とする融資限度額金三〇〇万円、利息月三分の金銭消費貸借契約及び本件土地建物につき右登記のごとき根抵当権設定契約を結んだことは被控訴人と控訴人洋一との間では争いがなく、被控訴人と控訴人卯一郎との間では≪証拠省略≫によってこれを認めることができる。そして、≪証拠省略≫の成立については全当事者間に争いがなく、控訴人卯一郎作成名義の部分は名下の印影が同控訴人の印章によるものであることについては控訴人らの争わざるところであるが≪証拠省略≫によれば、控訴人洋一は控訴人卯一郎の代理人として右根抵当権設定契約と同時に被控訴人との間で本件土地建物につき右根抵当権設定契約による債権極度額金二五〇万円の債務を弁済しないときは代物弁済として本件土地建物の所有権を移転することを承諾する旨の代物弁済の予約をしたことが認められ(る)。≪証拠判断省略≫

本件の中心的な問題は、前段の末尾において触れたように控訴人洋一が控訴人卯一郎を代理して本件土地建物につき右根抵当権設定、代物弁済予約等の契約をなすべき権限を有していたかどうかにあるので、この点について判断する。

≪証拠省略≫をあわせると、控訴人卯一郎は旧姓を小池といい昭和二〇年三月強制疎開のため東京都新宿区大京町(当時の四谷区大京町)から本件7の建物に移転して居住していたもので、終戦後の昭和二七年九月頃極東米軍内の知人の勧めで一時沖繩の米軍軍政部顧問として沖繩に渡航することとなったが、間もなく帰国する予定であったので、留守居の老婆に当座の用を弁ずるための預金通帳を預けただけで主要な財産である本件土地建物をはじめその財産の管理については何らの具体的な指示も与えなかったこと、しかるにその後控訴人卯一郎は昭和二八年四月頃一時帰国したのみで引続き沖繩那覇市に在住し、昭和三〇年五月三〇日には現地の女性である糸数キクと婚姻して糸数姓を称するに至り、翌昭和三一年一二月七日には同女との間に男子申吾を儲け、あたかも右那覇市に定住するような態勢となったが、その間東京都小金井市所在の本件土地建物は勿論その他の財産についても何らの管理方法をも定めず、ただ昭和二八年四月鴨下から本件2の土地を買い受けるに当り長男である控訴人洋一をして自己の意向を取次がせ代金を送金して支払わせた一事があるのみであり、もとより自己の実印、本件土地建物の権利証を控訴人洋一に預託したようなことはないこと、本件土地建物に対する税金は前段認定のように控訴人卯一郎が沖繩に赴いてから昭和三二年七月頃までまず留守居の者、次いで控訴人洋一の手により預託されていた金員及び送金により支払われていたが、控訴人卯一郎からの具体的依頼に基いてなされたものではなく控訴人洋一ら留守を預る者が事実上これを処理したものであること、

ところで、控訴人洋一はもと父と別居しており控訴人卯一郎が沖繩に渡航した後である昭和二九年頃から本件7の建物に定住して養鶏業を営むようになったが、昭和三〇年四月頃その経営資金等を借り入れるため父控訴人卯一郎所有の本件土地建物を担保とすべく決意し、勝手に控訴人卯一郎の金庫を鍵がないので蝶つがいをはづしてこじ開け、中から実印と本件土地建物の権利証を取り出し、右実印によって印鑑証明書の交付をも受けた上同和実業なる金融業者から金一五〇万円を借り受け、担保として本件土地建物に抵当権を設定することとし、その旨の登記をしたところ、右借入金の利息が月八分という高利であったので、利息の安い金融業者から借り替えることとし、同年五、六月頃新聞広告で東京都港区芝三田にある夏目合名会社を訪ね、金三〇〇万円位の融資を得たいと申し込んだが、同社では東京都二三区内に在住する者にしか金融をしないとして金融を断わられ、同社社員清水尊也により別の金融業者である大橋新一の経営する東海興業を紹介されたので、さらに東海興業に対し金融を申し込んだが、担保となる本件土地建物が控訴人卯一郎の所有で容易にその処分の承諾を得ることができない状況であったところから遂に東海興業でも融資を受けられないこととなったこと、しかるに、夏目合名会社で清水と机を並べていた酒井利幸が右の事情を具さに見聞していて清水に対し控訴人洋一に対してかねてから自分の扱っている被控訴人からの融資を斡旋すると申し出たので、清水は控訴人洋一に連絡して同年一二月九日融資をする被控訴人側を代理した酒井と控訴人洋一、清水とが話合い、金三〇〇万円を限度として融資をするが実際に貸与するのは一応金二五〇万円とし、残額五〇万円は必要に応じて貸与する、担保として控訴人卯一郎所有の本件土地建物につき極度額金二五〇万円の根抵当権設定登記及び債務不履行のときは代物弁済として本件土地建物の所有権を取得することができるとの所有権移転請求権保全の仮登記をする旨融資の概要を取極め、酒井、清水において本件土地建物を検分した上同月一三日控訴人洋一は再びあらかじめ用意した印鑑証明書とともに控訴人卯一郎の実印を勝手に持ち出し、右の話合の趣旨に沿い被控訴人を代理する酒井との間で自己及び控訴人卯一郎を連帯債務者とする金銭消費貸借、控訴人卯一郎を契約名義人とする根抵当権設定、代物弁済予約の契約をし、その旨の根抵当権設定契約証書、本件土地建物に対する抵当権設定登記申請書及び所有権移転請求権保全仮登記申請書の各控訴人卯一郎名下に右持出にかかる実印を押捺させて前記のような各登記手続を経由したものであること、なお控訴人洋一は右融資の交渉に際し控訴人卯一郎申請名義による本件3、5、6の各土地の宅地への転用を相当とする旨の証明書を持参しているが、前段において述べたとおり右は控訴人洋一が勝手に父控訴人卯一郎名義で申請して小金井町農業委員会から交付を受けたものであることが認められる。

≪証拠省略≫によれば、沖繩にいた控訴人卯一郎が本件土地建物は事実上控訴人洋一に与えたもので、同人が自由に処分しても差し支えない旨の書信を発しているということであり、被控訴人はこれを見せられたというのであるが、≪証拠省略≫中の関連部分と対比してみると、果して右のような内容の控訴人卯一郎の書信が存在したかどうか疑わしく、結局右酒井の証言及び被控訴人の供述は措信することができず、その他右認定に反する≪証拠省略≫はいずれも措信することができない。

以上認定の事実に基いて考察をすすめることとすると、まず被控訴人は、控訴人洋一が本件土地建物を処分するにつき正当に控訴人卯一郎を代理すべき権限を有していた旨主張するが、これを認めるに足りる措信すべき証拠は存在せず、寧ろ右認定の事実によって明らかなように控訴人卯一郎は本件土地建物の根抵当権設定、代物弁済の予約等には全く関知せず、控訴人洋一には本件土地建物の処分につき何らの代理権限をも与えたことがないことが認められるのである。なお、控訴人卯一郎が昭和二八年中一時帰国したほか沖繩那覇市に在住し帰来していないからといってその一事を以て控訴人洋一に対し本件土地建物を実質的に譲渡したとかこれが処分の代理権限を与えたものといい得ないことは勿論である。この点に関する被控訴人の主張は全く理由がない。

しかるに、被控訴人は控訴人洋一の右行為を目していわゆる権限踰越による表見代理に該るものと主張し、その基本代理権として本件土地建物を含む不動産の税金の支払、不動産の買入・管理等の事務処理の委託、印鑑の預託の事実を挙げている。しかし、本人が代理人として行為した者に特定の法律行為に関連して任意に実印や権利証を交付したときは代理権限の授与があったものとみるべきであろうが、実印や権利証を盗用した場合は勿論のこと本人から何らの代理権限の授与もなくして実印や権利証を預託された場合には代理人として行為した者には何らの基本代理権もないのであるから、かかる場合には相手方が実印や権利証を所持する者と取引したからといって本人に権限踰越による表見代理の法理による責任を認めるわけにはいかないのである。本件にあっては、本人たる控訴人卯一郎が自己の実印や本件土地建物の権利証を何らかの法律行為と関連して代理人として行為した控訴人洋一に交付した事実が認められないばかりか、控訴人洋一が勝手に実印や権利証を持ち出し控訴人卯一郎の代理人として行為したことが明らかであるから、控訴人洋一が卯一郎の実印や権利証を所持していたからといって、控訴人洋一に何らかの代理権限があったものと認めることはできない。また、右認定の事実及び前段において述べたところからすれば、控訴人洋一が控訴人卯一郎によって日本における財産の管理人に選任され、若しくは本件土地建物を含む同控訴人の財産の管理権限を授与されていたものとはとうてい認められないのである。≪証拠省略≫中には、控訴人洋一が本件土地建物は名義上、父控訴人卯一郎の所有となっているが実質上自己の所有であって自由に処分できる旨を述べていたとの部分があるが、≪証拠省略≫と対比してみてたやすく措信し難いのみでなく、他に何らこれを補強すべき証憑の見るべきものなく代理行為をした控訴人洋一の言を伝える右証言のみによって、同控訴人の管理権限ないしは実質的処分権限の存在を認定することは著しく困難であるといわなければならない。

そうとすると、控訴人洋一が有していたとされる代理権として吟味すべきものは残るところ不動産の税金の支払と本件2の土地買入に関する点である。ところで固定資産税の支払は機械的な義務の履行を通例とするが、控訴人卯一郎の供述によれば本件土地建物に対する税金の支払は本人たる控訴人卯一郎から控訴人洋一に対する具体的な依頼に基いて交渉権限を委任されたものでなく、控訴人卯一郎が沖繩に赴いてより留守を預る老婆が預託された金員及び送金のうちから事実上支払っていたのであり、控訴人洋一がこれをなすに至ったのは昭和二九年頃本件7の建物に定住するようになってからのことに属し、単に事実上の事務処理に過ぎなかったこと、および本件2の土地の買入に当っても、その売買交渉は主として控訴人卯一郎のなしたものであって控訴人洋一は売主たる鴨下に対し自ら代理人として売買交渉の意思表示をしたものではなく単に控訴人卯一郎の意思を取次いでいたに過ぎないものであって、(控訴人洋一が交渉の取次をしたに過ぎないことは≪証拠省略≫によっても認められる)その代理人として鴨下から右2の土地を買い受けたものではなかったのである。さすれば、右税金の支払、土地の買入につき控訴人洋一が代理権限を有していたとすることはできないから、被控訴人或いはその代理人酒井において控訴人洋一が本件土地建物に対する根抵当権設定契約、代物弁済の予約につき控訴人卯一郎を代理すべき権限を有していたものと信じたとしても、基本代理権の存在が認められない以上、控訴人洋一の代理行為につき本人たる控訴人卯一郎の責任を問うことはできないものというべきである。

さらに余論ではあるが、主として被控訴人を代理して本件根抵当権設定契約等締結の衝に当った酒井には控訴人洋一が右代理権限ありと信ずるにつき少くとも過失があるものといわなければならない。すなわち、右認定の事実によれば、酒井は夏目合名会社において当初控訴人洋一からの金融の依頼につき種々斡旋の労をとった清水と机を並べている間柄であり、清水の紹介した東海興業からの融資が不成功に終った事実をあらかじめ知っていたのであるから、一挙手一投足の労を以て清水に右不成功の原因につき問い質すならば直ちに融資金の担保となるべき本件土地建物につきその所有名義人である控訴人卯一郎の処分の承諾が得られなかったという事情によるものであることが判明し、従って控訴人洋一において真実本件土地建物を処分すべき代理権限を有するものかどうかにつき相当の疑念を抱くべかりし状況にあったのであるが、事ここに出ず、漫然控訴人洋一に代理権限あるものとして本件根抵当権設定契約等をしたのは取引上必要とする注意義務を怠ったもので、軽卒のそしりを免れないのである。

以上述べたとおりであり、他に控訴人洋一に控訴人卯一郎を代理すべき何らかの権限のあったことを認めるに足りる資料は存しないから、控訴人洋一のした右根抵当権設定、代物弁済の予約等の行為につき権限踰越の表見代理によるものとして本人たる控訴人卯一郎にその責を負わせることはできないものといわなければならない。

そうとすると、いかに代物弁済予約完結の意思表示をするとも、被控訴人は本件土地建物の所有権を取得したものとはいうことができないから、右予約完結により本件土地建物の所有権を取得したとして控訴人卯一郎に対し本件土地建物につきなされある前記所有権移転請求権保全の仮登記に基く本登記手続と本件土地建物の明渡を、控訴人洋一に対し本件土地建物の明渡を求める被控訴人の本訴請求はすべて理由がないことに帰し、失当としてこれを棄却すべきである。

(結び)

七 よって、被控訴人の本訴請求を認容した原判決は不当であるから、控訴人卯一郎に関する部分のみならず控訴人洋一に関する部分を取り消して被控訴人の控訴人らに対する請求を棄却することとし、訴訟費用及び補助参加によって生じた費用につき民事訴訟法第八九条第九四条第九六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 西川美数 裁判官 外山四郎 鈴木醇一)

<以下省略>

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